大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和30年(行)6号 判決 1957年4月01日

原告 井上直枝

被告 福岡国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告の昭和二十八年度総所得金額につき、博多税務署長が昭和二十九年五月二十六日になした更正決定中、譲渡所得を金五百九十万六百三十八円とする部分に対する審査請求につき、被告が昭和二十九年十一月二十二日になした棄却決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、次のように述べた。

原告は旅客運送業を営んでいたものであるが、博多税務署長に対し昭和二十八年度所得につき確定申告をなしたところ、同税務署長は昭和二十九年五月二十八日、原告の同年度所得金額を金一千六十三万二千二百七十四円とする旨更正決定をし、該所得金額中には譲渡所得として金五百九十万六百三十八円が含まれている。そこで原告は右譲渡所得の点を不服として同年六月二十五日右決定につき被告に対し審査の請求をしたところ、被告は同年十一月二十二日、右請求を理由がないものとして棄却する旨決定し、その通知は同月二十六日原告方に到達した。しかしながら原告はかかる譲渡所得を有していないのであるから、該部分の前記更正決定及び審査請求棄却決定はいずれも違法である。よつて原告は被告のなした右違法の処分の取消を求める。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告主張の請求原因事実中、原告には昭和二十八年度に譲渡所得がないという点を除き、その余の事実は全て認める。博多税務署長が原告の昭和二十八年度における譲渡所得を金五百九十万六百三十八円と更正決定した理由は、原告が昭和二十八年六月三十日その所有の車輛四十九台、機械器具、電話加入権五個を訴外有限会社勉強タクシー(以下単に訴外会社という)に代金四千九十八万五千九百円で売却譲渡していてそれに基く所得であつて、それの所得算出は別表記載のとおりである。

従つて博多税務署長のなした前記内容の更正決定は何等の違法もなく、又これを正当として原告の審査請求を棄却した被告の決定も適法である。よつて右処分の取消を求める原告の本訴請求は失当である。

原告訴訟代理人は被告の主張に対して次のように述べた。

被告主張の物件が原告の所有であつたことは認めるけれども、その余の事実を否認する。もともと、原告は右物件等を以つてタクシーによる旅客運送業を営んでいたが、同事業を目的とする同族会社すなわち訴外会社を昭和二十八年六月初設立し、同月三十日個人営業としての右営業をそのまま訴外会社に引継ぎ、個人営業を廃止したのであり、従つて同会社において原告個人の有していた権利義務一切を承継した関係にあるのである。それで原告は右によつて何らの利得を得ず単にその営業に関する一部債務を免れたに過ぎないのであるから、これはいわゆる負担付贈与に外ならず、譲渡所得税課税の対象とはならないものである。仮に右関係が本件物件等の売却譲渡に該るとしても、車輛の譲渡価額が被告主張の額であることは否認する。もともと右車輛等の譲渡は前記の経緯から単に帳簿上譲渡する関係にあるに過ぎないのであるから、その譲渡価額は取得価額から減価償却額を控除した残額であるのが当然であり、徒らな水増譲渡をさけ、新会社の発展を期する上からもかくあつて然るべきものである。ところで、本件車輛の取得価額及び減価償却額は被告主張の額であるから、その差額である金二千八百六万六千四百四十八円がすなわち右車輛の譲渡価額になるはずである。もつとも、原告が一応帳簿上被告主張の額を譲渡価額として計上しその旨博多税務署に申告したことはある。しかし、それは原告の営業を訴外会社に引継いだ当時、原告の営業に関する帳簿等の不備から前記方法によつての額を算出することができなかつたところから、概算予想を以つて計上したに過ぎないのである。そしてその後資料の整備により初めて正確に右金額を算出し得たのである。なお、機械器具、電話加入権についての譲渡所得額が被告主張の額であることは認める。そうすれば、右三物件についての所得税法上の譲渡所得額は総計十五万円余に過ぎないことが計数上明らかである。

(証拠省略)

理由

原告が博多税務署長に対し昭和二十八年度所得につき確定申告をしたところ、同税務署長が昭和二十九年五月二十八日原告の同年度所得金額を金千六十三万二千二百七十四円とする旨更正決定をし、該所得金額中には譲渡所得として金五百九十万六百三十八円が含まれていたこと、原告が右譲渡所得の点を不服として同年六月二十五日被告に審査の請求をしたところ、被告は同年十一月二十二日同請求を理由がないものとして棄却する旨決定し、同月二十六日その旨原告に通知されたことは当事者間に争がない。

原告がその所有の本件車輛(タクシー)等を以つて旅客運送を業としていたことは当事者間に争がなく、原告が同事業を目的とする同族会社すなわち訴外会社を昭和二十八年六月設立し、同月三十日個人営業としての右営業をそのまま訴外会社に引継ぎ、個人営業を廃止したこと、その引継については、原告が右営業に関して所有していた本件車輛等資産一切を訴外会社に移転する反面、その負担していた債務一切を訴外会社において引受けることにしたことは被告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものと看做す。そして、右引継の精算については、資産はその評価額を以つて訴外会社にこれを譲渡し、それの負債額よりの超過分を原告の訴外会社に対する債権として残存せしめる形式を以つて帳簿上の操作をしたものであつて、本件車輛については被告主張の額三千九百五十四万九千円と評価して処理され、従つて訴外会社においても同様の処理のなされたことが成立に争のない乙第一号証、第二号証の四、証人坂口宣彦の証言によつて認められるのである。右認定の事実から見るときは、特段の事情のない限り、本件車輛は右認定の価額を以つて原告より訴外会社に譲渡されたものと解されるところ、この点に関し、原告は、かかる事情の下においての右譲渡は負担付贈与と解すべきであると主張するけれども、如何なる点から見てもそのようには到底解されないし、他にかように見なければならない資料も存在しない。又原告は、かかる場合の譲渡価額は取得価額から減価償却額を控除した残額であるべきであつて、それによるときその額は金二千八百六万六千四百四十八円であると主張するけれども、まずその前提の問題であるが当裁判所としてはその主張が正当であるとの根拠は到底探し得ず、それはそのときの譲渡当事者の意思の問題でしかあり得ないと思われるのである。そして、本件車輛の評価額が当時の時価相応のものであることすらが証人坂口宣彦の証言によつて認められるので(これに反する原告本人の供述は信用できない)、該評価が不合理なものともいえないのである。

そうすれば、本件車輛は正に被告主張の額を以つて原告から訴外会社に譲渡されたものといわなければならない。

ところで、右車輛の取得価額及び減価償却額、機械、器具、電話加入権の譲渡所得額が被告主張の額であることは原告の認めるところであるから、以上を所得税法上の譲渡所得額算出の方法に従い計算すれば、その総譲渡所得額が被告主張の額五百九十万六百三十八円であることが計数上明らかである。

してみれば、博多税務署長のなした更正決定及びこれに対する審査の請求を棄却した被告の決定は正当であつて、これが取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丹生義孝 中池利男 小中信幸)

(別表省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例